一般的に「相続を辞退する」という表現が使われることがありますが、これは法律用語ではありません。法的に正しいのは「相続放棄」という概念であり、「辞退」と口頭で述べたり、遺族間で話し合って放棄の意志を示しただけでは、正式な相続放棄にはなりません。
実際、遺産分割協議に参加しない、遺産を受け取らないと宣言する、手続きを一切行わないなどの行動は、単なる意思表示に過ぎず、相続放棄の法的効力は一切発生しません。もしそのまま熟慮期間を経過すれば、結果的に単純承認とみなされ、債務をすべて負担することになります。
特に相続放棄が有効となるためには、家庭裁判所への「申述」が必須であり、これはあくまでも法的な手続きに基づくものです。民法においても、放棄は「申述によってのみ成立する」とされており、民法第938条がその根拠となります。
次に多い誤解は、遺産分割協議書に「相続を放棄する」と記載して署名・捺印することで放棄が成立すると思い込むケースです。これはあくまで遺産の分け方に同意しないことを示すものであり、法的な放棄ではありません。法的な意味での相続放棄とは完全に別物です。
相続辞退との誤認によるトラブル例も後を絶ちません。以下のような事例が実際に発生しています。
1 被相続人の兄弟が「財産は要らない」と家族に伝えたが申述をしておらず、後に判明した借金を請求された
2 親族内で「放棄することで合意」したものの、誰も申述しておらず全員が相続人扱いとなった
こうした誤解を避けるためにも、相続放棄は単なる感情や口約束ではなく、法律に基づいた正式な行為であることを理解することが大切です。弁護士や司法書士への相談を通じて、制度的な理解を深めた上で手続きに臨むことが、将来的なトラブルを防ぐ確実な方法といえるでしょう。